2011年3月18日金曜日
長野に帰ってます
震災前の予定より少し早めに長野に一度戻りました。連休明けは再度上京予定ですが、状況をみてその予定も考慮中です。足場にしている八王子とギャラリーが遠いので、また何かあり帰宅難民になるのが怖いのです。こんな状況時にギャラリーに行かれた方をお迎え出来ず大変申し訳ないです。個展は予定の会期通り開催中ですが、節電の関係でお客様がおられないときは電気も消しているという状態です。
2011年3月14日月曜日
あまりに過酷な現実
ギャラリー近くのカフェで地震の第一波を体験してから
余震におびえつつテレビで衝撃的な映像をみて
あまりにショックが大きくて
いまだに自分の理性と感覚では受け止めきれない
余震におびえつつテレビで衝撃的な映像をみて
あまりにショックが大きくて
いまだに自分の理性と感覚では受け止めきれない
これが本当に現実なのか!
被災された方々の事を思うと言葉がみつからない
でも、とりあえず、とりあえず
ネット募金だけはしました。
非常事態
朝6時ごろテレビをつけた、電力不足に伴い、首都圏の電車が運休もしくは一部のみの運行という状況だと知らされる。今回は八王子に宿泊しているので、ギャラリーまでたどり着くのも大変だし、帰るのもかなり大変なのだとわかった。こんな況の中でもギャラリーに来てくれるかもしれないお客様の為に在廊しているつもりだったが断念した。停電の可能性があるために、大手物販店や銀行も休業しており、ガソリンスタンドは軒並み売りきれの看板がでており、まだ開いているスタンドに続く道路は渋滞している。ドラッグストアやスーパーマーケットは日曜日の昨日は水や非常時に使うような物を買うお客がレジに列をなしていた(今日はそれほどでもない)断水や停電に備えるようにとのアナウンスがアチコチで流されている。東京周辺は当分日常を取り戻せないだろう。せめてもの救いは真冬の寒い季節ではないことか。
2011年3月13日日曜日
いまだ
昨日ギャラリーに行ってオーナーと話し、とりあえず月曜日には開けるとして、昨日はクローズして宿泊先の八王子に帰った。電車はまだ通常運転ではなく、あちこちの駅で混乱しているとのアナウンスがあり、とくにJRは動いていても通常の運行には程遠いようだった。宿泊先で食事したりシャワーを浴びて洗髪したりしているうちに気持ちが平常時に戻っていったが、テレビでみる映像の凄まじさに呆然としながら、早々寝てしまった。とにかく疲れをとりたかった。地震直後からケータイが通じなくなって、数時間後に少し通じるようになってからは、ケータイの充電の残りが心配になってきて、最低限の連絡にとどめた。それでも翌朝にはとうとう電池切れになり、ソフトバンクショップで充電するまでは連絡かとれない状態になってしまった。とにかく想像を絶する災害で、被災した方々の事を思うと心が痛む。東京の交通網の完全正常化も素早くというわけにもいかないような気がするし、こんな時にギャラリーに行っているどころではないと思うと、あと残り二週間ある開催期間中もどんな状態になるかわからないが、とりあえず予定通り午後は会場に居るつもりだ。今日はとり
あえず休むことにする。
あえず休むことにする。
2011年3月12日土曜日
余りに衝撃的な!
その時ギャラリー近くのカフェにいました。もう死ぬんだと思いましたが、しっかり無事です。夜7時過ぎ、友人の竹澤さんと、彼女の知人の家にとめてもらい、今またとりあえずギャラリーに向かってます。
2011年3月11日金曜日
少し光が
個展が始まった日から冬に逆戻りで、連日寒くて暗い日が続いているが、
ようやく少し明るくて暖かい日差しの気配がしてきた。
日曜日には一気に気温が上がるらしい。
いただいた鮮やかなシンビジュームの名前は楊貴妃なのだとか。
楊貴妃の鮮やかなや黄色に負けずに私のパステル画の黄色も結構輝いてます(言い訳…ケータイで撮影のこの写真より全然綺麗なのである)
ゴッホのデッサン
ゴッホの絵画にはそのベースになるデッサンがある。
デッサンのタッチとタブローのタッチは見事に一致している。
一見情熱に任せて夢中で描いたように見えるゴッホの作品の背後に
生真面目とも思えるデッサンがあるのを知ったときは嬉しい驚きを感じた。
ゴッホは見て感じたままをデッサンに翻訳して描き、
そのプロセスを経てタブローを描いた。
鮮やかな色をもつドロリとした油絵の具で世界の光をキャンバスに定着したわけだ。
ゴッホのデッサンは見たもの見えたもの骨格であり、
そこに世界の光を呼び込むため絵の具が使われた。
私にとってのそういうデッサンをして、そういうタブローを描こう。
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